今朝のココア

こんな日々を愛おしく思って

母親。

 

たった一人の母親なのだ。高校生のときに父親が死んで、そこから泥まみれになって田畑を作り、加奈美を都会の短大にまでやってくれた。都会で就職すると決めたときも、結婚すると決めたときにも、帰ってきて自分の面倒を見てくれなどということは口の端にも上せず、自分の苦労をあげつらって恩に着せるようなことも口にしなかった。良かったわね、と言ってくれ、その結婚に失敗して戻ってきたときには、大変だったわね、と慰めてくれた。加奈美は一晩、母親の膝に縋って泣いた。


 小野不由美 『屍鬼』より





 もう25歳なんだ。
世界が散文的であることも知っているし、
人が選んで誰かを傷つけることも知っている。
だからロマンに恋い焦がれることもないし、
どんなに甘い状況にも心をすべて持って行かれるようなことはない。
老いていく寂しさと悲しさは目に焼き付いているし、
若さを失った後に女性が背負うものの重さも、いつも頭の中にある。
3年後も、5年後も、たぶん10年後も20年後も、
俺はたぶん俺らしくて、
たぶん上手くいかないことばかりで、
愚かなまんまだ。
偉人にはなれないし、たぶん人を救えるような人にはなれない。
華やかな生活など、絶対に待っていない。


 でも、華やかでなくて良いから、
他人への影響力なんて大きくなくて良いから、
男とか若さとか、そういうもの一切もぎ取られても、
この加奈美の母親のように優しい人でありたい。