今朝のココア

こんな日々を愛おしく思って

ゆうびんきょく。

 可愛い切手ってのは、どこで手に入れれば良いんだろ?
ハガキや手紙を出すことの多い俺は、可愛い切手がたくさん欲しい...。
しんデス。



 ●ファンタジーの魅力について。
メッセージやテーマってのがあって、話を書くのか、
話の中にメッセージやテーマを作るのか、よくわからん。
だけど、どっちにしろ、
ファンタジー要素を取り入れるのには理由があるはずだ。
かめはめ波とか、伸びる腕とか、影分身とか、卍解とか...
できたらすげーなってことを取り入れる。
たぶん、ワクワクする。



 まるっきり異世界に飛ぶって話も同じ。
ワクワクどきどき。wktk
自分の見たことないもの、
見てみたいものの話。



 ファンタジーが好きというと、
現実世界にないもの、現実世界にないシステム、現実世界じゃありえないキャラ...etc
そういったものが好きだと他人に考えられてもおかしくない。
だけど、
たぶんファンタジーの魅力って、ちょっと違うところにあると思う。


 もし、伝えたいメッセージがあったとして、
それを多くの人に伝える一番効率の良い方法を考えたとすると、
ファンタジーって利点がけっこうある。
現実世界の小説には、色んな俺らの生活と直接関係のある物事が登場する。
宗教、政治、ネットのサイト...なんでも良いけどさ、
俺らはそれらに偏見...とまではいかないけど、先入観みたいなものがあって、
そういうものがなくても経験がある。記憶がある。
物事と物事を関連づける頭がある。
だから、過去の経験や学習したことを元に、物事と物事をつなげる。


政治=金。
宗教?危ないもんだろ?
ネットの有名なサイト...中傷者ばっか。



...こんな風に考えなくても、何かしら+や−の感情がつきまとう。
メッセージを伝えるには、説得力が必要だ。
それにはストーリー性を持たせると良い。
そして、そのストーリーに、読者の関心をそぐor読者の支持を得られないことを書くのは良くない。
もし多数の人が間違った考えをもってる事件について書くとしたら、
その偏見を取り除くのに本一冊分の文章が必要だろう。
偏見はそれでも拭えないことが多い。
人は自分の意見を変えないから。人は科学でできてないから。反証があっても、納得しない。


話がそれたけど、いちいち読者の偏見を取り除いてたらきりがない。
小説ってのはその偏見を前提にしたものがほとんどだし、
それを上手く生かすのも作者の腕だろう。
だけど、やっぱり偏見があると表現しにくいメッセージもあると思う。
もし読者にとって新しい物事が登場したらどうだろう?
たぶん今までのスキーマ(だっけ?)を元にその新しい刺激を判断するだろう。
だけど、たぶん大きな判断をする前に、もっと多くの情報を集めるだろう。
少なくとも、もう形成された価値観に比べて、それをそのまま受け入れやすいんじゃないだろうか?



例えば、
『何かを間違っているというのは、何かを成すことじゃない。
ちゃんと正しいことを自分で模索し、それを他人に示してこそ...』


みたいなこと、誰かにそのまま言われても、
ピンとこない。


今の政治を舞台にそういうこと言われても、
やっぱりピンとこない。
なんか偉そうなこと言ってる、くらいだ。


だけど、舞台がヨーロッパでも中国でも、
昔の王朝でも、まるっきりフィクションな国でも、
上手く話を作れば、
それによって動かされるかどうかは別にして、
人びとの抵抗力ってのは少ないんじゃないだろうか?
もしヨーロッパや中国が最初っから嫌いだったら話は別だけど、
逆に好きなら、嫌いな政治の話でもとっつきやすいんじゃないかな?


もちろん、これはすべての人にあてはまるものじゃなくて、
なぜ現実でのことをわざわざファンタジーの世界で説明するんだろう?
と考える人は、そのままで良い。
自分の偏見と自分で上手く付き合ってくれ。
だけど、実際には、ファンタジーの世界でしかアンテナが張らない人ってのはいると、
俺は思う。
そういう人にとっては、
ファンタジーの世界の中でのユーモア、ヒューマニズム、システムにこそ意味があると思う。


長々と書いたけど、
こんなことを、昨日マクドナルドでくしゃみを100回くらいしながら考えた。



 早く郵便局と銀行、金券ショップ、ディスカウントショップ、東急ハンズに行かなきゃ。